HubSpotの標準のレポート機能だけでは、ビジネスの意思決定に不可欠な「転換率(Rate)」や「顧客獲得単価(CPA/Cost Per Acquisition)」といった指標を算出・可視化することに限界があると感じている方も多いのではないでしょうか。
率と単価を表現する方法には、現在ベータ版として提供されている数式項目や、複数のワークフローを駆使する方法もありますが、データの整合性やメンテナンス性を考えると、より安定的かつ拡張性の高いアプローチが求められます。
そこで本記事では、標準機能の壁を乗り越え、流入経路ごとに「リード→MQL→SQL→顧客」の各ファネルにおける率と単価を正確にレポーティングする方法を、具体的なステップに沿って徹底解説します。
今回採用するアプローチの核心は、「データを一度、集計専用のオブジェクトに集約してからレポートを作成する」という点にあります。
コンタクト、取引といった異なる場所に散在するデータを、直接レポート機能で無理に結合・計算しようとすると、HubSpotの仕様上の制約に直面します。しかし、あらかじめこれらのデータを「月次×経路別」といった切り口で集計しておくための"箱"(カスタムオブジェクト)を用意することで、レポート作成が驚くほどシンプルかつパワフルになります。
この方法のメリットは以下の通りです。
データの正規化: 散在するデータが一元管理され、整合性が保たれます。
計算の自動化: ロールアッププロパティや計算プロパティにより、手動での集計作業が不要になります。
レポート作成の簡素化: 集計済みのオブジェクトをソースにするため、レポートビルダーでの操作が直感的かつ容易になります。
高い拡張性: 「担当者別」「事業部別」など、分析したい軸が増えても柔軟に対応できます。
それでは、具体的な実装手順を見ていきましょう。
効果的なレポートを作成するためには、緻密な事前準備が不可欠です。ここでは3つの重要なステップ、「集計オブジェクトの作成」「データ連携の整備」「共通キーの設定」を行います。
まず、主役である集計用のオブジェクトを作成します。今回はカスタムオブジェクトを利用します。
カスタムオブジェクトの定義:
設定画面から「オブジェクト > カスタムオブジェクト」に進み、新しいオブジェクトを作成します。
オブジェクト名:月次経路別集計
プライマリ表示プロパティ:集計期間(例:2025年10月 - 自然検索)
セカンダリ表示プロパティ:流入経路
必要なプロパティの作成:
このオブジェクトには、集計の軸となる情報、集計したい数値(数)、そして最終的に算出したい指標(率・単価)を格納するためのプロパティを作成します。
| プロパティ名 | 種類 | 説明 |
| 【集計軸】 | ||
集計期間 |
単行テキスト | プライマリ表示用(例: "2025-10-Organic Search") |
年 |
数値 | レポートの絞り込み用(例: "2025") |
月 |
数値 | レポートの絞り込み用(例: "10") |
経路 |
単行テキスト | 流入経路名(例: "自然検索") |
経路No |
数値 | 経路を識別する番号 |
共通キー |
単行テキスト | 他オブジェクトとの関連付け用(例: "1-2025-10") |
| 【集計する数】 | ||
リード数 |
ロールアップ | 関連するコンタクトの総数 |
MQL数 |
ロールアップ | 関連するコンタクトのうちMQLの数 |
SQL数 |
ロールアップ | 関連するコンタクトのうちSQLの数 |
商談数 |
ロールアップ | 関連する取引の総数 |
顧客数 |
ロールアップ | 関連する取引のうち「成立」の数 |
総コスト |
数値 | その経路にかけた月次コスト(手動または連携で入力) |
| 【計算する率・単価】 | ||
リード→MQL率 |
計算 | MQL数 / リード数 |
MQL→SQL率 |
計算 | SQL数 / MQL数 |
SQL→商談化率 |
計算 | 商談数 / SQL数 |
商談→受注率 |
計算 | 顧客数 / 商談数 |
リード→顧客化率 |
計算 | 顧客数 / リード数 |
リード獲得単価(CPL) |
計算 | 総コスト / リード数 |
顧客獲得単価(CPA) |
計算 | 総コスト / 顧客数 |
集計レコードの作成:
分析したい期間と経路の組み合わせ分、この集計オブジェクトのレコードを事前に作成しておきます。例えば、10個の流入経路を12ヶ月分分析する場合、120個のレコードを作成します。これは手動またはインポート機能でまとめて作成可能です。
月によって集計対象の数が変動する場合は特にワークフローで特定の条件に応じて必要な数を作成するアプローチが好ましいです。
リードが商談化した場合、そのリードが元々どの経路から来たのかという情報は取引オブジェクトにも引き継がれる必要があります。これはワークフローで簡単に実現できます。
トリガー: 取引が作成されたとき
アクション: 「プロパティ値をコピー」アクションを使用し、関連するコンタクトの「最初のコンバージョン」や「オリジナルソース」といったプロパティを、取引に作成したカスタムプロパティ(例:取引のオリジナルソース)にコピーします。
コンタクトや取引が、どの集計レコードに関連付くべきかをHubSpotに自動で判断させるために、すべてのオブジェクトで共通のルールに基づいたキー(識別子)を持たせます。
キーの形式: 経路No - 年(YYYY) - 月(MM) (例: 1-2025-10)
設定方法:
コンタクト/取引オブジェクト: ワークフローを使用します。「作成日」や「経路情報」プロパティを元に、この共通キーを生成し、専用のプロパティに保存します。
集計オブジェクト: レコード作成時に、経路No、年、月のプロパティから同様の共通キーを生成しておきます。
準備が整ったら、いよいよデータを動的に集計・計算させていきます。ここでも主役はワークフローと、カスタムオブジェクトのロールアップ/計算プロパティです。
集計レコードへの自動関連付け:
コンタクトや取引が作成・更新された際に、それらが持つ「共通キー」を使い、合致する「共通キー」を持つ集計オブジェクトのレコードに自動で関連付けるワークフローを作成します。
トリガー: コンタクト/取引の「共通キー」が設定されたとき
アクション: 「レコードを関連付ける」アクションで、共通キーが一致する月次経路別集計オブジェクトのレコードを探し出して関連付けます。
ロールアッププロパティによる数値集計:
事前準備で作成したロールアッププロパティが、この関連付けに基づいて自動で数値を集計します。例えば、月次経路別集計オブジェクトのあるレコード(例: "2025-10-自然検索")に10件のコンタクトが関連付けられれば、「リード数」プロパティの値は自動的に「10」になります。「成立」した取引の数をカウントするように設定すれば、「顧客数」が集計できます。
計算プロパティによる率・単価の算出:
同様に、事前準備で設定した計算プロパティが、ロールアップで集計された数値を使って自動で率や単価を算出します。
リード→MQL率 は、MQL数とリード数のプロパティ値が更新されるたびに、自動で再計算されます。
顧客獲得単価は、総コスト(これは手動等で入力)と顧客数を基に自動算出されます。
この仕組みを構築することで、日々発生するリードや商談が、リアルタイムで適切な集計レコードに積み上げられ、各種KPIが自動的に更新され続ける状態が完成します。
すべてのデータが月次経路別集計オブジェクトに集約・計算されたら、最後はカスタムレポート機能を使ってこれを可視化します。
カスタムレポートの作成:
レポートビルダーを開き、データソースとして「単一のオブジェクト」を選択し、先ほど作成した月次経路別集計オブジェクトを指定します。
レポートの設定:
グラフの種類: 「棒グラフ」や「折れ線グラフ」を選択します。
X軸: 「月」プロパティを設定します。
Y軸: 表示したい指標(例:「リード→顧客化率」や「顧客獲得単価(CPA)」)を選択します。
表示を分割: 「経路」プロパティで分割すれば、流入経路ごとのパフォーマンスを比較するグラフが簡単に作成できます。
このようにして作成したレポートをダッシュボードに配置すれば、いつでも最新の経路別パフォーマンスを一目で把握でき、データに基づいた迅速な意思決定、例えば「どの広告チャネルへの予算を増やすべきか」といった判断を、的確に行うことが可能になります。
今回ご紹介した「集計用カスタムオブジェクト」の手法は、非常に応用範囲が広いのが特徴です。
担当者別のパフォーマンス集計: 「経路」の代わりに「担当者」を軸にすれば、セールス担当者ごとのMQLからの商談化率や受注率を可視化できます。
KDI(重要推進指標)の集計: ファネルの各ステップだけでなく、事業全体の重要業績評価指標(KPI/KDI)をトラッキングするための集計オブジェクトとしても活用できます。
一度この仕組みを理解し構築すれば、ビジネスの成長に合わせて分析したいあらゆる切り口のレポートを、柔軟かつスピーディに作成できるようになるでしょう。
HubSpotのポテンシャルを最大限に引き出し、データドリブンな組織へと進化するための一助となれば幸いです。